フィリップス・アウフスティン・イメンラート(Philips Augustijn Immenraet、1627年2月21日 - 1679年9月25日)は、フランドルの画家である。風景画を描いた。
略歴
アントウェルペンで、ドイツから移ってきた鍵盤楽器職人の息子に生まれた。兄に人物画を得意とした画家のミカエル・アンジェロ・イメンラート(Michael Angelo Immenraet1621–1683)がいる。1641年に風景画家ルーカス・ファン・ウーデン(1595-1672)の弟子としてアントウェルペンの聖ルカ組合に登録された。
18歳になった1645年から1655年までイタリアで修行した可能性があり、アントウェルペンに戻って聖ルカ組合の親方に登録された。1656年1月にCatharina de Hilleという女性と結婚した。息子や娘が生まれ、娘はピーテル・ボエルの息子の画家ヤン・バプティスト・ボエル(1643-1689)と結婚した。風景画を描き、当時良く行われた他の画家との合作を行いその風景を描いた。人物画の得意な画家のエラスムス・クエリヌス2世(1607-1678)と合作したと伝記作家のアルノルト・ホウブラーケン(1660-1719)は伝えていて、ほかにもウィレム・スフベルト・ファン・エーレンベルフ(Wilhelm Schubert van Ehrenberg: 1630/ 1637-c.1676)やシャルル・ビゼー(Charles Biset: 1633-1693/1713)、ニコラ・ロベール(Nicolas Robert: 1614–1685)といった画家とも合作したと考えられている 。
版画家としても師のルーカス・ファン・ウーデンの風景画などをもとに数点の版画作品を制作した。
1679年にアントウェルペンで亡くなった。弟子にはピーター・レイスバーク(Pieter Rijsbraeck: 1655–1729)や息子のアンドリース・イメンラート(Andries Immenraet:1662-1699/1719)がいる。