アレクサンダー・チャールズ・ルーン・ユーン(Alexander Charles Loong "Alex" Yoong、中国名:熊龙、1976年7月20日 - )は、マレーシア出身のレーシングドライバー。2001年にマレーシア人としてはじめてのF1世界選手権参戦を果たした。

プロフィール

デビュー

イギリス人の母と、中国系マレー人である父との間にクアラルンプールで生まれる。1994年にフォーミュラ・アジア・インターナショナルに参戦を開始し、頭角を現した後イギリスに渡る。

イギリス時代

1996 - 1997年に入門カテゴリーのフォーミュラ・ルノーに参戦した後、1998年よりイギリス・フォーミュラ3選手権にステップアップ。翌1999年にはイギリスF3選手権とともに国際F3000に参戦。2000年からはチーム・マレーシアから、2001年はチーム・ルマンからフォーミュラ・ニッポンに参戦した。

F1参戦

フォーミュラ・ニッポンに参戦していた最中の2001年イタリアGPより、マレーシアの宝くじ会社の支援によって3戦限定ながら、ミナルディチームのレースシートを買いF1デビューを果たす。

マレーシアの国を挙げたサポートを受けたユーンは2002年も引き続きミナルディでのシートを得るが、サバイバルレースとなった開幕戦オーストラリアGPでの7位以降は精彩を欠き、3度の予選落ちを喫した後、「休養」という形で第13戦ハンガリーGP、第14戦ベルギーGPではアンソニー・デビッドソンにシートを譲る。

その後、同じマシンに乗るマーク・ウェバーを上回る結果を見せられなかったことから、2002年シーズン限りでF1のシートを失う。

F1参戦時のカーナンバー
  • 20(2001年第15 - 17戦)
  • 22(2002年第1 - 12, 15 - 17戦)

その後のレース活動

CART、V8スーパーカーに参戦するが、2005年に自らマレーシアチームの所有者兼ドライバーとしてA1GPに参戦すると、最終戦の中国グランプリ(上海)で優勝するなどの活躍を見せ、2007 - 2008年シーズンも引き続き参戦を続けていた。また、マレーシアでのスピードカー・シリーズにスポット参戦をした。2008-2009年GP2アジアシリーズにマレーシアのMyチーム・QI-メリタス・マハラより序盤の2戦のみエントリーした。

2018年にはスーパー耐久に参戦するPhoenix Racing Asiaに加入、アウディ・R8でST-Xクラスに参戦した。

経歴年表

  • 1994年 フォーミュラ・アジア・インターナショナル参戦
  • 1995年 フォーミュラ・アジア・インターナショナル参戦
  • 1996年 イギリス・フォーミュラ・ルノー参戦
  • 1997年 イギリス・フォーミュラ・ルノー参戦
  • 1998年 イギリスF3参戦
  • 1999年 イギリスF3参戦、国際F3000参戦、マカオGP7位
  • 2000年 フォーミュラ・ニッポン参戦
  • 2001年 フォーミュラ・ニッポン参戦 第15戦イタリアGPよりF1参戦(チーム:ミナルディ、マシン:PS01B)最高位16位
  • 2002年 F1参戦(チーム:ミナルディ、マシン:PS02)最高位7位
  • 2003年 CART参戦
  • 2004年 V8スーパーカー参戦
  • 2005年-2006年 A1GP参戦(マレーシア・チーム:ユーンとファイルーズ・ファウジー)ユーンの最高位1位、チームランキング5位
  • 2006年-2007年 A1GP参戦(マレーシア・チーム:ユーン単独)最高位1位、チームランキング6位
  • 2007年-2008年 A1GP参戦(マレーシア・チーム:ユーンとファイルーズ・ファウジー)ユーンの最高位4位、チームランキング15位
  • 2008年-2009年 GP2アジアに序盤の2戦のみ参戦。

イギリス・フォーミュラ3選手権

国際F3000選手権

フォーミュラ・ニッポン

フォーミュラ1

CART

ル・マン24時間レース

脚注

関連項目

  • モータースポーツ
  • ドライバー一覧
  • F1ドライバーの一覧

外部リンク

  • アレックス・ユーン公式ウェブサイト(英語)

アレックス・ユーン YouTube

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