石谷 政信(いしがや まさのぶ)は、戦国時代から江戸時代初期にかけての武将。江戸幕府・旗本。石谷政清の三男。
生涯
元亀2年(1571年)、父・政清や弟・清定と共に徳川家康に仕える。天正18年(1590年)の家康の関東転封に従い、武蔵国多摩郡の内に采地200石を賜る。慶長10年(1605年)2月より徳川秀忠に仕える。元和5年(1619年)6月5日(呈譜には元和5年10月8日)に死去。法名は良完(呈譜には良石)。多摩郡泉村の泉龍寺に葬られた。
子女
- 女子
- 戸塚忠之(作右衛門)の妻となる。
- 喜左衛門
- 早世
- 政勝
- 徳川秀忠、徳川家光に仕える。
- 小野田為一
- 小野田氏を称する。
- 女子
- 小野久兵衛の妻となる。
- 十兵衛
- 経歴不明
- 女子
- 武嶋茂正(市郎兵衛)の妻となる。
参考文献
- 『寛永諸家系図伝』
- 『寛政重修諸家譜』