ダレン・クリストファー・オデイ(Darren Christopher O'Day, 1982年10月22日 - )は、アメリカ合衆国フロリダ州デュバル郡ジャクソンビル出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。
祖父はオダチョウスキーという姓のポーランド人で、オデイはそれに由来する。
経歴
プロ入り前
高校時代は無名の存在で、フロリダ大学にも奨学金無しで入学した。2年時にサイドスローに転向してから成績が向上し、2005年にはメンズ・カレッジ・ワールドシリーズに出場。その傍らで獣医学を専攻し、メディカル・スクールへの進学も考えていた。MCATの点数は合格ラインを上回っていたが、最終的には野球でプロを目指す道を選んだ。
プロ入りとエンゼルス時代
2006年5月29日にドラフト外でロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイムと契約してプロ入り。この年は傘下のパイオニアリーグのルーキー級オレム・オウルズとA級シーダーラピッズ・カーネルズでプレー。A級シーダーラピッズでは17試合に登板して3勝1敗、防御率2.70、14奪三振を記録した。
2007年はA 級ランチョクカモンガ・クエークスとAA級アーカンソー・トラベラーズでプレー。AA級アーカンソーでは29試合に登板して3勝4敗、防御率3.99、22奪三振を記録した。
2008年3月29日にエンゼルスとメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りすると、31日のミネソタ・ツインズ戦でメジャーデビュー。1点ビハインドの8回裏から登板し、1回を2安打無失点に抑えた。16試合に登板したが、5月13日にAAA級ソルトレイク・ビーズへ降格した。6月9日にクリス・ブーチェックが故障者リスト入りしたため、メジャーへ昇格。11試合に登板したが、8月4日に再びAAA級ソルトレイクへ降格した。登録枠が拡大された9月2日に再昇格。この年は30試合に登板して0勝1敗、防御率4.57、29奪三振を記録した。オフの10月21日に40人枠を外れ、マイナー契約でAAA級ソルトレイクへ降格した。
メッツ時代
2008年12月に行われたルール・ファイブ・ドラフトでニューヨーク・メッツから指名され、移籍した。
2009年3月1日にメッツと1年契約に合意し、開幕ロースター入りした。開幕後は4試合に登板し、防御率0.00だったが、4月18日にDFAとなった。ルール・ファイブ・ドラフトの規約でエンゼルスが獲得の権利を握ったが、エンゼルスは獲得せずにウェイバー公示した。
レンジャーズ時代
2009年4月22日にウェイバー公示を経てテキサス・レンジャーズへ移籍した。移籍後はC.J.ウィルソンに次いでチーム2位の64試合に登板し、防御率1.94、WHIP0.95という好成績を残した。20ホールドはチームトップだった。
2010年3月4日にレンジャーズと1年契約に合意。この年は72試合(アメリカンリーグ7位タイ)に登板し、レンジャーズの中継ぎ陣の柱として大車輪の活躍を見せ、球団初のリーグ優勝に貢献した。しかし、サンフランシスコ・ジャイアンツとのワールドシリーズでは不振に陥り、登板した4試合のうち3試合で失点してしまった(シリーズの防御率は13.50)。
2011年1月23日に年俸調停を回避し、125万1000ドルの1年契約に合意。当初は移籍したフランク・フランシスコに代わるセットアッパーを任されたが、4月26日のトロント・ブルージェイズ戦で臀部を痛め、その手術により前半戦の大半を棒に振ってしまった、8月には右肩の炎症で故障者リストに入った。9月には復帰したが、プレーオフのロースターからは漏れた。
オリオールズ時代
2011年11月2日にウェイバー公示を経てボルチモア・オリオールズに移籍した。
2012年1月17日にオリオールズと1年契約に合意。この年は69試合に登板して7勝1敗、防御率2.28、69奪三振を記録した。
2013年2月18日にオリオールズと総額580万ドルの2年契約(2015年・425万ドルの球団側選択オプション付き)に合意。この年は68試合に登板して5勝3敗2セーブ、防御率2.18、59奪三振を記録した。
2014年は、更なる飛躍を遂げるシーズンとなった。68試合に投げて5年ぶりとなる防御率1.00台で、自己ベストとなる1.70を記録。WHIPも2年ぶりに1.00未満に抑え、オリオールズのリリーフ陣を牽引した。この活躍が認められ、翌年の契約の球団オプションが行使された。
2015年、3年連続で68試合に登板。防御率1.52は前年の数値を更に下回る自己ベストの数値であり、また、奪三振率では初めて10.00を超えた。初めてオールスターに選出されたが、登板機会は無かった。オフの11月2日にFAとなったが、12月14日にオリオールズと4年3100万ドルで再契約を結んだ。
2016年は出番が激減し、それまで4年連続で継続していた68試合以上の登板試合が途切れて34試合に留まった。3勝1敗3セーブ、防御率3.77という成績に留まったが、奪三振率は2年連続で11.0以上をマークした。
2017年は登板機会を取り戻し、64試合に登板。2勝3敗2セーブ、防御率3.43と一定の復活を見せた。
ブレーブス時代
2018年7月31日にエバン・フィリップス、ブレット・カンバーランド、ブルース・ジマーマン、ジーン・カルロス・エンカーナシオン及びインターナショナル・ボーナス・プール(海外選手契約金枠)250万ドルとのトレードで、ケビン・ゴーズマンと共にアトランタ・ブレーブスへ移籍した。
2019年オフの10月31日にFAとなったが、11月8日に1年225万ドルで再契約した。
2020年オフの10月28日にFAとなった。
ヤンキース時代
2021年2月10日にニューヨーク・ヤンキースと1年175万ドル(2022年のオプション付き)で契約を結んだ。シーズンでは開幕をMLBで迎えたが、5月1日に回旋筋腱板の張りで故障者リスト入りしたのが響き、12試合の登板にとどまった。オフの11月4日にFAとなった。
ブレーブス復帰
2021年11月29日に古巣のブレーブスとマイナー契約を結んだ。
2022年4月3日にメジャー契約を結んで開幕ロースター入りすることが発表された。オフの11月6日にFAとなった。
2023年1月30日に現役引退を発表した。
詳細情報
年度別投手成績
年度別守備成績
記録
- オールスターゲーム選出:1回(2015年)
背番号
- 53(2008年)
- 36(2009年 - 同年途中)
- 56(2009年途中 - 2022年)
脚注
関連項目
- メジャーリーグベースボールの選手一覧 O
外部リンク
- 選手の通算成績と情報 MLB、ESPN、Baseball-Reference、Fangraphs、The Baseball Cube、Baseball-Reference (Register)
- Darren O'Day stats MiLB.com (英語)
- Darren O'Day (@DODay56) - X(旧Twitter)