1992年の近鉄バファローズ(1992ねんのきんてつバファローズ)では、1992年の近鉄バファローズの動向をまとめる。
この年の近鉄バファローズは、仰木彬監督の5年目のシーズンである。
概要
前年の2位躍進の原動力となった投手陣は法政大学の高村祐がドラフト1位で入団するなど、先発陣を強化。打撃陣でも前年後半を棒に振ったラルフ・ブライアントが復活し、シーズンが開幕。チームは前年優勝の西武がもたついたこともあり、4月を11勝8敗と勝ち越して開幕ダッシュに成功。5月には14勝4敗の貯金10と勝ち越して西武を突き放すが、6月1日の試合でエース野茂英雄が西武打線に打たれてKOされると首位から陥落。チームは7月も7勝9敗で終わり、Aクラス入りが不安視された。8月以降は34勝17敗と貯金17を稼ぎオリックス・ダイエー・日本ハムを突き放したが、時すでに遅く前年とほぼ同じ成績ながらも西武に追いつくことはできず、2位でシーズンを終えた。投手陣では新人王の高村や最多勝獲得の野茂に加えて高柳出己がまずまずの成績を残し、前年から抑えの赤堀元之はリリーフながらも最優秀防御率を獲得するなどの活躍でチーム防御率3位と健闘したが、前年2位躍進の原動力となった小野和義が未勝利に終わるなど明暗が分かれた。打撃陣では復帰したブライアント、切り込み隊長の大石大二郎、3年目の石井浩郎などがまずまずの成績を残し、チーム本塁打リーグ2位を記録するも3割打者不在に泣いた(チーム打率.247でリーグ5位)。シーズン終了後、3年連続V逸の責任を取り仰木監督はこの年限りで勇退した。
チーム成績
レギュラーシーズン
オールスターゲーム1992
- 選出選手及びスタッフ
- 太字はファン投票による選出。
個人成績
投手成績
- 色付きは規定投球回数(130イニング)以上の選手
- 太字はリーグ最高
打撃成績
- 色付きは規定打席(403打席)以上の選手
- 太字はリーグ最高
できごと
選手・スタッフ