トロポミオシン受容体キナーゼC(トロポミオシンじゅようたいキナーゼC、英: tropomyosin receptor kinase C、略称: TrkC)またはNTRK3(neurotrophic receptor tyrosine kinase 3)は、ヒトではNTRK3遺伝子にコードされるタンパク質である。TrkCは神経栄養因子NT-3(ニューロトロフィン3)に対する高親和性の酵素共役型受容体であり、神経の分化や生存など、この神経栄養因子の複数の効果を媒介する。
TrkC受容体は、受容体型チロシンキナーゼファミリーの一員である。チロシンキナーゼは、標的タンパク質(基質)の特定のチロシン残基にリン酸基を付加することができる酵素である。受容体型チロシンキナーゼは細胞膜に位置するチロシンキナーゼであり、細胞外ドメインにリガンドが結合することで活性化される。TrkCによってリン酸化される基質タンパク質にはPI3キナーゼなどがある。
機能
TrkCは、ニューロトロフィン3(NTF3、NT-3)に対する高親和性酵素共役型受容体である。他のNTRK受容体(Trk受容体)や一般的な受容体型チロシンキナーゼと同様に、リガンドの結合が受容体の二量体化を誘導し、その後、受容体の細胞内(細胞質)ドメインに位置する保存されたチロシン残基のトランス自己リン酸化が行われる。これら保存されたチロシン残基は、下流のシグナル伝達カスケードを開始するアダプタータンパク質のドッキング部位として機能する。活性化されたTrkCの下流では、PLCG1、PI3キナーゼ、レニン-アンジオテンシン-アルドステロン系を介してシグナルが伝達され、細胞の生存、増殖、運動性が調節される。
さらに、TrkCは興奮性シナプスの発生を担う新規シナプス接着分子としても同定されている。
NTRK3遺伝子座には、キナーゼドメインを持たないものや主な自己リン酸化部位に隣接して挿入が存在するものなど、少なくとも8種類のアイソフォームがコードされている。これらのアイソフォームは選択的スプライシングによって生じ、異なる組織や細胞種で発現している。NT-3による触媒型TrkCアイソフォームの活性化は、神経堤細胞の増殖と神経分化の双方を促進する。一方、非触媒型TrkCアイソフォームへのNT-3の結合は神経分化を誘導するものの、神経細胞の増殖は誘導されない。
Trk受容体ファミリーのメンバー
トロポミオシン受容体キナーゼ(Trk受容体)は、神経栄養因子によって活性化されるシグナルを媒介することで神経細胞の生物学に必要不可欠な役割を果たしている。TrkA、TrkB、TrkC(それぞれNTRK1、NTRK2、NTRK3遺伝子にコードされる)の3種類の膜貫通受容体が存在し、Trk受容体ファミリーを構成している。このファミリーの受容体は、神経成長因子(NGF)、脳由来神経栄養因子(BDNF)、ニューロトロフィン3(NT-3)、ニューロトロフィン4(NT-4)によって活性化される。TrkAはNGFの効果を媒介し、TrkBはBDNF、NT-3、NT-4が結合することで活性化される。TrkCはNT-3の結合によって活性化される。TrkBはNT-3よりもBDNFやNT-4を強固に結合する。TrkCはTrkBよりも強固にNT-3を結合する。
TrkCは依存性受容体であることが示されている。すなわち、リガンドであるNT-3が結合した際には細胞増殖を誘導することができるが、NT-3が存在しない場合にはアポトーシスの誘導が引き起こされる。
疾患における役割
多くの研究により、TrkCやTrkC:NT-3複合体の欠損や調節異常がさまざまな疾患と関係していることが示されている。
NT-3またはTrkCのいずれかを欠くマウスは知覚に重大な欠陥を示す。これらのマウスは侵害受容は正常であるが、四肢の空間定位を担う固有受容に欠陥が生じる。
アルツハイマー病、パーキンソン病、ハンチントン病などの神経変性疾患では、TrkCの発現の低下が観察される。Trkを発現している脊髄運動ニューロンを喪失する筋萎縮性側索硬化症モデルを用いて、治療を目的としたNT-3の役割の研究が行われている。
さらに、TrkCはがんとも関係していることが示されている。発現しているTrk受容体やその機能は腫瘍の種類に依存している。一例として、TrkCの発現は神経芽腫では予後の良さと相関しているが、乳がん、前立腺がん、膵臓がんではがんのプログレッションや転移と関係している。
がんにおける役割
Trkファミリーが発がん性の融合遺伝子として同定されたのは1982年であるが、近年になって多くの種類の腫瘍でNTRK1(TrkA)、NTRK2(TrkB)、NTRK3(TrkC)遺伝子の融合やその他の発がん性の変化が同定されたことにより、ヒトのがんにおけるTrkファミリーの役割に対する関心が高まっている。Trk阻害薬は臨床試験が行われており、ヒトの腫瘍の縮小に関して初期段階での有望性が示されている。NTRK3などの神経栄養因子受容体ファミリーは、浸潤性や走化性の増大など多面的な応答を悪性腫瘍細胞に誘導する。NTRK3の発現の増加は、神経芽腫、髄芽腫、神経外胚葉性脳腫瘍で示されている。
NTRK3のメチル化
NTRK3のプロモーター領域には、転写開始部位に比較的近接した位置にCpGアイランドが密集して存在している。HumanMethylation450アレイ、メチル化特異的定量PCR(qMSP)、MethyLightアッセイによって、NTRK3は全ての大腸がん細胞株でメチル化されているが、正常な上皮試料ではメチル化されていないことが示されている。この大腸がん細胞における選択的メチル化、そして神経栄養因子受容体としての役割から、NTRK3のメチル化が大腸がん形成に機能的役割を果たしていることが示唆されている。また、NTRK3プロモーターのメチル化状態によって、大腸がん試料と隣接する正常組織とを識別できることが示唆されている。したがって、NTRK3は大腸がんの分子的検出のためのバイオマーカーとして、SEPT9など他のマーカーと併用して利用することができると考えられている。またNTRK3は、8種類の遺伝子のプロモーターまたはエクソン1領域に位置する9つのCpGメチル化プローブパネルの中の1遺伝子(他の遺伝子はDDIT3、FES、FLT3、SEPT5、SEPT9、SOX1、SOX17)として、食道扁平上皮癌患者の予後予測への利用が示唆されている。
TrkC阻害薬
エヌトレクチニブ(RXDX-101)はIgnytaによって開発された治験薬であり、抗腫瘍活性を示す可能性がある。エヌトレクチニブはTrk全般、ALK、ROS1に対する経口阻害薬であり、マウス、ヒトの腫瘍細胞株、患者由来異種移植腫瘍モデルで抗腫瘍活性が実証されている。In vitroでは、エヌトレクチニブはTrkファミリーのメンバーであるTrkA、TrkB、TrkCをnM濃度で阻害する。血漿タンパク質に非常に良く結合し(99.5%)、血液脳関門(BBB)を越えて容易に拡散する。2019年8月15日、FDAはTrk遺伝子融合を有する12歳以上の固形腫瘍患者の治療に対しエヌトレクチニブを承認した。
相互作用
NTRK3は次に挙げる因子と相互作用することが示されている。
- SH2B2
- SQSTM1
- KIDINS220
- PTPRS
- MAPK8IP3
- NTF3
- TGFBR2
- DOK5
- BMPR2
- PLCG1
リガンド
TrkC受容体の細胞外ドメインを標的とした、NT-3のβターン構造に基づくペプチド模倣低分子は、TrkCのアゴニストとなることが示されている。その後の研究では、有機骨格を持ち、NT-3のβターン構造に基づくファーマコフォアを持つペプチド模倣分子は、TrkCのアンタゴニストとしても機能することが示されている。