マライアズストーム(Mariah's Storm)とはアメリカ合衆国の競走馬、繁殖牝馬。主な勝ち鞍に1995年のターフウェイパークバドワイザーブリーダーズカップステークス(G2)、フォールズシティハンデキャップ(G3)、アーリントンメイトロンハンデキャップ(G3)、1993年のアーリントンワシントンラッシーステークス(G2)など。重い骨折に見舞われて安楽死されそうになるが、そこから復活して重賞競走を複数制し、その過程が一部脚色の上で映画『夢駆ける馬ドリーマー』の題材となった。繁殖牝馬としても、カルティエ賞年度代表馬ジャイアンツコーズウェイのほかG1競走馬の母となった。
経歴
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1993年7月1日、アクサーベン競馬場でのメイドン競走でデビューし、2着に13馬身差をつけて勝利。2戦目のブラックタイプ競走パラティンブリーダーズカップステークスを2着ののち、G2競走アーリントンワシントンラッシーステークスに出走して制し、重賞初制覇。しかし、ブリーダーズカップ・ジュヴェナイルフィリーズを前に出走したアルシバイアディーズステークスで左前脚が重度の骨折に見舞われ、競走を中止。現役続行はおろか一時は安楽死も検討されたが関係者がそれを拒んで回復に努め、その甲斐あって1994年夏に戦列に復帰。復帰戦のG3競走アクサーベンオークスに勝つとアーリントンパーク競馬場に向かい、リステッド競走のローリングメドウズステークスとG3競走アーリントンハイツオークスを連勝。10月にキーンランド競馬場で2戦して2着、5着ののち、11月チャーチルダウンズ競馬場のリステッド競走ミセスリビアステークスに勝利した。
1995年は8月アーリントンパーク競馬場のアローワンス競走から使いだして1着。続くG3競走アーロントンメイトロンハンデキャップを勝ったのち、ターフウェイパーク競馬場でのG2競走ターフウェイパークバドワイザーブリーダーズカップステークスでは、ハスケルインビテーショナルハンデキャップとガゼルハンデキャップを連勝して臨んできたセレナーズソングを5馬身半差下して勝利した。スピンスターステークスとブリーダーズカップ・ディスタフの2戦はともにインサイドインフォメーションの前に3着、9着と振るわなかったが、11月のG3競走フォールズシティハンデキャップに勝利。これを最後に引退した。
2005年の映画『夢駆ける馬ドリーマー』は上述の経歴とエピソードをもとに作成された映画であるが、作中の主役馬ソーニャドールとは「不妊」、「目標となる競走がブリーダーズカップ・クラシックで、勝利する」という点で相違がある。
競走成績
以下の内容は、EQIBASEの情報および記載法に基づく。
- BT:ブラックタイプ競走
- 馬場状態: Fm=Firm, Gd=Good, Fs=Fast, M=Muddy, Sl=Sloppy
引退後
引退後は繁殖牝馬となり、1996年のキーンランド・ノベンバーセールでクールモアスタッドが260万ドルで落札。落札時に受胎していたストームキャットの仔は、誕生後にジャイアンツコーズウェイと命名されG1競走を6勝してカルティエ賞年度代表馬に選出される活躍を見せ、その他の産駒も2005年生まれの牝駒ユーアーソースリリングが2重賞を制して繁殖牝馬としてもマーヴェラス(アイリッシュ1000ギニー)、グレンイーグルス(2000ギニーステークス、アイリッシュ2000ギニー、セントジェームズパレスステークスなど)、ハッピリー(モイグレアスタッドステークス、ジャン・リュック・ラガルデール賞)、ジョアンオブアーク(ディアヌ賞)を送り出し、2006年生まれの牝駒パーリングもデコレーテッドナイト(ジェベルハッタ、タタソールズゴールドカップ、アイリッシュチャンピオンステークス)を送り出した。
産駒一覧
血統表
- 半妹にエアザイオン(クイーンステークス)
脚注
外部リンク
- 競走馬成績と情報 netkeiba、JBISサーチ、Racing Post