皇帝フランツ・ヨーゼフ1世救命祝賀行進曲』(こうていフランツ・ヨーゼフいっせいきゅうめいしゅくがこうしんきょく、ドイツ語: Kaiser Franz Joseph I, Rettungs-Jubel-Marsch)作品126は、ヨハン・シュトラウス2世が作曲した行進曲。

邦題

  • 『皇帝フランツ・ヨーゼフ危機脱出記念行進曲』
  • 『皇帝フランツ・ヨーゼフ解放祝典行進曲』
  • 『皇帝フランツ・ヨーゼフ1世万歳!』

などの邦題が用いられることもある。

解説

1853年2月18日、若きオーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世は副官マクシミリアン・カール・オドネル伯爵一人のみを引き連れてブルク稜堡を散歩していた。その時、2週間前から暗殺の機会をうかがっていた愛国的なハンガリー人の仕立物師ヤーノシュ・リーベニに襲撃され、フランツ・ヨーゼフ1世は後頭部の骨を損傷する重傷を負った。4年前に過酷なハンガリー弾圧があったことで、一部の急進的なハンガリー人は皇帝に怨みを抱いていたのである。

皇帝暗殺未遂事件が起こったことを知ったヨハン・シュトラウス2世は、皇帝の命が救われたことを祝って作品を献呈しようと考えた。シュトラウスはかつての1848年革命の際に革命側に与したことによって、皇帝フランツ・ヨーゼフ1世ら宮廷側から疎まれる存在になってしまっていた。そのため、シュトラウスは何とかしてフランツ・ヨーゼフ1世の勘気を解こうと、『皇帝フランツ・ヨーゼフ行進曲』や『戦勝行進曲』などいくつもの体制賛美の曲を作った。この『皇帝フランツ・ヨーゼフ1世救命祝賀行進曲』も、そうした皇帝に献呈された曲のひとつである。

最後の部分には、皇帝への忠誠を示すためにハイドン作曲のオーストリア帝国国歌『神よ、皇帝フランツを守り給え』のメロディーが採り入れられている。

ニューイヤーコンサート

ウィーンフィル・ニューイヤーコンサートへの登場は以下の通りである。

  • 1980年 - ロリン・マゼール指揮
  • 1999年 - ロリン・マゼール指揮
  • 2003年 - ニコラウス・アーノンクール指揮

出典

参考文献

  • 江村洋『フランツ・ヨーゼフ:ハプスブルク「最後」の皇帝』東京書籍、1994(平成6)年9月20日。ISBN 4-487-79143-X。 
  • 平田達治『輪舞の都ウィーン』人文書院、1996(平成8)年5月25日。ISBN 4-409-51040-1。 
  • 小宮正安『ヨハン・シュトラウス:ワルツ王と落日のウィーン』中央公論新社〈中公新書〉、2000年12月10日。ISBN 4-12-101567-3。 
  • 加藤雅彦『ウィンナ・ワルツ:ハプスブルク帝国の遺産』日本放送出版協会〈NHKブックス〉、2003年12月20日。ISBN 4-14-001985-9。 

外部リンク

  • 『皇帝フランツ・ヨーゼフ1世救命祝賀行進曲』の楽譜 - 国際楽譜ライブラリープロジェクト
  • Johann Strauss (Sohn) Kaiser Franz Josef I. Rettungs-Jubel-Marsch op. 126 (1853) - ウィーン・ヨハン・シュトラウス管弦楽団(WJSO)による解説文。

NumisBids Auction World Auction 20, Lot 3148 AUSTRIA Franz Josef I

NumisBids Auction World Auction 10, Lot 2132 AUSTRIA Franz Josef I

フランソワ・ヨーゼフ1世(18301916)オーストリア皇帝の肖像。クロモリトグラフィー。

オーストリア、オーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の肖像(ウィーン

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